2013年 12月 18日
ありがとう『やすじ』 年内で閉店へ |
「やすじ」を閉店する。
さみしさというより、感謝の気持ちが強い。
そもそも「やすじ」は、俺がこの西インド会社の将来をどうしようか?
どんな将来図を描きながら経営していけば、良いかわからない・・・そんな迷いの中から生まれた店舗だった。
今から4年くらい前・・・迷っていたのは俺自身だったから。 巷では、立ち飲みやバルという業態が
出始めた時期だったと思う。 むしろ全盛だったかもしれない。
俺は本当に迷っていた。 というより、分からなかった。 何をしたらいいのか? その指針が見えなかった。
で、基本的な事を考えた。
お酒を飲むだけでいいかもしれない。キャッシュオンデリバリーの立ち飲み屋というスタイルから始めた。
名前は、やすじ。
実は俺の他界した祖父の名前。
新潟で生まれ、戦争で満州に行き、戦後 北海道に渡った人。
祖父と酒を酌み交わす事はなかったけど、とにかく酒が好きだったと聞いていた。
俺も幼少ながら、祖父がずっと酒を飲んでいたのを覚えてる。
気前よく酒をふるまい、多くの人に愛された人だった。
酒場で知り合ったと一緒に帰ってくるという事も聞いた。
そんな酒好きが集まればいいな という願いと、祖父への感謝の気持ちを込めて名付けた。
迷っていた俺には、そんなきっかけでもスタートには十分だった。
始まった時から終わりが来る事が分かっていた。
これが俺達の本流じゃない事を知っていたから・・・・そして4年も続いた。
俺達が、西インドが進むべき道が見つかるまで、温かく見守ってくれていたんだと思う。
2014年西インド会社は、大きく梶を切ることになった。
その準備がようやく整った。
役目が終わったけど、やすじは、多くの人に愛された。
軽く一杯の方から、 ベロベロになる方まで。
料理がなくても、椅子がなくても、酒があればというお客様に愛された。
それは、開店当初の思いが通じたんだと思う。
ありがとう 『やすじ』
先週北海道に行った。 3年ぶりだった。
爺さんに、報告した。
ありがとう 爺さん 次のステップに行くために 店 閉めるわ。

さみしさというより、感謝の気持ちが強い。
そもそも「やすじ」は、俺がこの西インド会社の将来をどうしようか?
どんな将来図を描きながら経営していけば、良いかわからない・・・そんな迷いの中から生まれた店舗だった。
今から4年くらい前・・・迷っていたのは俺自身だったから。 巷では、立ち飲みやバルという業態が
出始めた時期だったと思う。 むしろ全盛だったかもしれない。
俺は本当に迷っていた。 というより、分からなかった。 何をしたらいいのか? その指針が見えなかった。
で、基本的な事を考えた。
お酒を飲むだけでいいかもしれない。キャッシュオンデリバリーの立ち飲み屋というスタイルから始めた。
名前は、やすじ。
実は俺の他界した祖父の名前。
新潟で生まれ、戦争で満州に行き、戦後 北海道に渡った人。
祖父と酒を酌み交わす事はなかったけど、とにかく酒が好きだったと聞いていた。
俺も幼少ながら、祖父がずっと酒を飲んでいたのを覚えてる。
気前よく酒をふるまい、多くの人に愛された人だった。
酒場で知り合ったと一緒に帰ってくるという事も聞いた。
そんな酒好きが集まればいいな という願いと、祖父への感謝の気持ちを込めて名付けた。
迷っていた俺には、そんなきっかけでもスタートには十分だった。
始まった時から終わりが来る事が分かっていた。
これが俺達の本流じゃない事を知っていたから・・・・そして4年も続いた。
俺達が、西インドが進むべき道が見つかるまで、温かく見守ってくれていたんだと思う。
2014年西インド会社は、大きく梶を切ることになった。
その準備がようやく整った。
役目が終わったけど、やすじは、多くの人に愛された。
軽く一杯の方から、 ベロベロになる方まで。
料理がなくても、椅子がなくても、酒があればというお客様に愛された。
それは、開店当初の思いが通じたんだと思う。
ありがとう 『やすじ』
先週北海道に行った。 3年ぶりだった。
爺さんに、報告した。
ありがとう 爺さん 次のステップに行くために 店 閉めるわ。

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by amadeus2002
| 2013-12-18 14:11